やまちゃん日記帳 2002年11月

シリンダヘッド左の黒い半円形の部分からのオイル漏れの修理
本日シリンダヘッド左の黒い半円形の部分からのオイル漏れの修理に、いつもの坂東オートに行ってきました。
ヘッドカバーガスケット&ヘッドカバーボルトワッシャゴム交換で8400円也。安いのか高いのかよくわかりませんが、そうしないと直らないようでしたので。
うち工賃はカワサキ指定6000円のところを4000円にまけてくれたとか。まあ、ガソリンタンクをはずして、シリンダヘッドカバーをはずして、ヘッドカバーガスケットを交換して、ボンドを塗って、組み付けて・・・、1時間ほどかかったのでそんなもんでしょう・・か。
4年近くで45000km余り走破。ゴムなどの消耗品の交換はやむを得ないところでしょう・・か。
ご参考までに。 2002年11月27日 18時14分24秒

今日
今日は朝から大橋さん宅におじゃましてモンキーの前スプロケの交換を行いました。ノーマルは13Tですが、すぐに回転が上がってしまうので、前のエンジンについていた15Tに換えてみましたが、パワー不足の感が否めず、結局2つの間の14Tに落ち着きました。作業中、大橋さん宅にお泊まりの井上さんと3人で話をしていたら、讃岐うどんを食べに行くことになり、いったん家に帰ってW650に乗り換え、10:30バイク3台で大橋さん宅を出発、11:30大川オアシスで休憩、12:15高松のセントラルオートそごう着、BMWの部品などを物色し、折り返し、13:30大内町のうどん処「大浜」着、かき揚げうどん大&おむすび・いなりを食す。うまかった。15:00前に自宅着。 2002年11月24日 17時41分11秒

「彼バイ」に出てくるフェリー
標記の件について、広島のみやさんが調べてくださって、コオがミーヨの島に行くときに乗っていた小さなフェリーは、広島県豊田郡瀬戸田町の生口島の五本松と、愛媛県越智郡伯方町の伯方島の北浦を約15分で結ぶ「伯方フェリー」であったことが判明しました。ただし、現在はこの航路は存在しません。しまなみ海道開通の影響のようです。彼バイのロケ地がどんどん失われていくのはとても寂しいです。いずれにしても、伯方島の北浦港や生口島の五本松港に行ってみたいです。 2002年11月24日 17時11分44秒

70000カウント突破
先ほどMyHPのカウンターが70000を突破しました。これまでおいでくださった皆様に感謝し、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。 2002年11月23日 21時34分40秒

トライアンフボンネビル試乗記
今日はよく晴れて絶好のツーリング日和だったのですが、朝から母と娘をそれぞれのところに送っていったりしていたら、永源寺ツーに行きそびれてしまいました。
というわけで、昼からW650のオイル漏れの修理依頼と、前から一度乗ってみたかったトライアンフのボンネビル(本当は水冷3気筒のサンダーバードの方に興味があるのですが)の試乗に行ってきました。
で、ボンネビル、一言で言えばW650に似ています(当たり前か)。最初からあまり違和感なく乗れました。ポジションはW650のローハンに似ています。以前へいじさんのW650に乗らせていただいたときの感触がよみがえってきました。W650よりはロングホイールベースなのですが、私のアップハンよりはコンパクトな印象でした。走り出してまず気がついたのは、ハンドルが軽いこと。ちょっとバイクを傾けるとそちらへス〜ッと曲がります。もう少し落ち着きがほしいところでした。アクセルを開くと明らかにW650よりは一回り上のパワーが感じられました(排気量が大きいから当然か)。ぐいぐい加速します。ギア比もW650よりは若干ローギヤードでした。クラッチのつながり、ミッションのタッチとも良好でした。振動はW650より少なくスムーズな印象でした。ショートストロークだからかもしれませんが、バランサーを効かせて振動をうち消している感じです。マフラーはオプションのスポーツタイプに換装されていましたが、W650の大和ステンレスよりは静かでした。アイドリングでは良い音を出してました。ただ、走行3800km足らずの新車にしては、エンジンからのメカノイズがW650よりも大きいのが気になりました。ブレーキは明らかにW650よりはよく効きます。これは好印象。サスペンションは、私が鈍感なせいかこれといった印象は残りませんでした。結局30分ほど幹線道路や山道を走りましたが、高速は試せませんでした。したがって高速安定性については不明です。フレームはW650より硬そうですが、低速でのハンドルのふらつきが高速でどう出るかが気になるところです。
試乗を終え、再び自分のW650にまたがって帰るとき、ハンドルが広くてずいぶん手前にあるなあ、と感じましたが、自分にはやはりこちらがピッタリする、というか、このポジションが体に染みついているなあ、とあらためて感じた次第です。 2002年11月23日 18時46分52秒

モンキー
きょう、モンキーを預けていた大橋さん宅に行って、エンジンを先日オークションでゲットしたノーマルエンジンに載せ換えました。パワーはたしかに落ちましたが、エンジンが暖まるまで減速するとエンストしていたことや、発進時ローでアクセルをガバッと開けるとふけ上がりが悪くもたついていたことなどの問題点はきれいに解決されました。さすがノーマル。マフラーは社外品に換えたままですが、エンジン音、排気音とも見違えるように静かになり、スムーズに走ります。私のようなチョイ乗り100%の使い方にはピッタリで、すごく満足しています。それにしても、このノーマルエンジン、新品同様、っていうか〜新品でした。出品者の方に感謝しています。それと、載せ換えにお手数をおかけした大橋さん、どうもありがとうございました。 2002年11月17日 17時24分54秒

彼のオートバイ彼女の島
「彼のオートバイ彼女の島」映画パンフレットp.1より
「原作 片岡義男
 青年の一人称で少し長めのストーリーを書いてください、と『野生時代』と(注1)担当エディターから命じられて書いたのが、『彼のオートバイ・彼女の島』だ。8年も前のことだ(注2)。一般の本になったとき、その表紙に「夏はただ単なる季節ではない、それは心の状態だ」という文句を、ぼくは印刷してもらった。
 夏になるとオートバイに乗って日本じゅうを旅してまわる若いひとりの女性(注3)が、自分にとっての夏というものを彼女なりの言葉で語ってくれたのをぼくがひとことに要約すると、このような文句になったのだ。青年の一人称による、少し長めのストーリーは、実はこの時始まったのだ。前の年の夏と今年の夏と、寸分たがわないふたつの夏の間にいまの自分がいる、というテーマもこの時の彼女がくれた。タイトルは『彼女のオートバイ・彼の島』だったのだが、書きおわってから主人公の性をいれかえ(注4)『彼のオートバイ・彼女の島』となった。だから、本当は、彼も彼女も同一人物なのだ。」
(注1)「の」の誤りと思われますが、パンフレットには「と」となっていたのでそのまま載せました。
(注2)映画が封切られたのが1986(昭和61)年春ですから、その8年前は1978(昭和53)年になります。
(注3)この女性・彼女とは誰なのだろうか。
(注4)どのようにして性を入れ替えたかは定かではありません。

それはさておき、本日、映画「彼のオートバイ彼女の島」のDVDを買ってきました。
DVD特典の大林宣彦監督インタビューがよかった。自らB級映画と言ってはばからない大林宣彦監督の潔さ。というか、B級であることに誇りさえ持っている。「B級映画はランク付けではなくひとつのジャンルである。」「A級映画を志(こころざし)の映画とするならばB級映画は心意気(こころいき)の映画である。」良い言葉じゃありませんか。自分もB級、心意気で生きたい、と思いました。

ところで、DVDをじっくり見ていたら、コオがミーヨの島に渡るときに乗っていた小さなフェリーに「北浦−五本松」と書いてありました。どこなんでしょう? 2002年11月16日 19時04分30秒

11/9(土)秋のジョイジョイツーリング「宝泉坊温泉ツー」&10(日)SBW写らん会讃岐うどんツー
11/9(土)大橋さん企画恒例の秋のジョイジョイツーリング、今年は愛媛県の宝泉坊温泉をめざします。7:00大橋さん宅に集合、バイク4台で出発、鴨島あたりから雨が降り始め貞光手前でカッパを着る。道の駅貞光で愛媛県は雨の掲示を見て進路を高知経由に変更。井川で宮本さんが手の冷たさに耐えきれず冬用手袋購入。池田を過ぎたあたりから雨が強くなり、小歩危手前では気温3度、あられが降り出す始末。高知県に入り、給油に立ち寄ったガソリンスタンドで宮本さんがしばしストーブに当たり手足の感覚を取り戻す。南国に出ると雨もやみやっと快適なツーリングに。かんぽの宿伊野で昼食、須崎からR197で道の駅檮原をめざすも、途中尿意をもよおし先行して道の駅布施が坂に停車、しかしここで他の3台とはぐれてしまい、単独で檮原をめざしここで30分間停車するも会えず、仕方なくまた単独で宿の宝泉坊温泉をめざし到着。ほどなく3人も到着。なんでも布施が坂手前で宮本さんのバイクが力尽き付近の民家に預け大橋さんとタンデムでここまで来たとか。宿の宝泉坊ロッジに入って先払い、一泊朝食付き温泉入浴券付きで2500円とは格安。宮本さんとツインの部屋に入りロッジとは思えないバストイレ付きの美しい部屋に感激。一服後まずは温泉へ。冷え切った体をゆっくり温めて、次は夕食。温泉に併設の食堂で2000円もあれば腹一杯、いい気分に酔っぱらって、私と宮本さんは部屋へ、大橋さんと木内さんは炉端に場所を移してまた一杯。そうして夜はふけていくのでした。
11/10(日)今日は単独行動を許してもらい、パンとゆで卵と野菜とコーヒーの朝食後、8:30みんなに見送られて宿出発、内子から高速に乗り、適当にパーキングで休憩しながら、11:30坂出の写らん会会場着。SBWのメンバー10名あまりと合流、しばらくまったりとした後、表紙写真とグループ写真を撮ってもらい、そろって出発。メンバーの一人がリアタイヤの空気が抜けてくるということでレッドバロンに立ち寄った後、本日のメインイベント讃岐うどんツーへ。まずは坂出の「てっちゃん」。「肉味噌温玉うどん」を食す。うまかった。ここは讃岐うどんにはめずらしくメニューが豊富。何度も行って全メニュー制覇したい。特に「豚汁うどん」と「ゴマだれうどん」。次は琴平町の「宮武」にて「ひやひや」を食す。みんなはまだ次も行くということで小にしていたが、私はここで最後だったので大にした。それが注目を集める結果に。ということで、16:00前、宮武の駐車場にてお別れ。貞光経由下道ばかりで17:45帰宅。わりと早く帰れた。充実の2日間であった。 2002年11月10日 20時39分20秒

川湯キャンプツーより帰還
17:30川湯キャンプツーより帰宅しました。BONちゃん幹事、おっちゃん料理長はじめ参加の皆様方には大変お世話になりました。としべぇさん、遠来ありがとうございました。日帰りのカマさん、拓さんもありがとうございました。
ほとんど寝てばかりのキャンプでしたが、料理も食べたし、ビールも飲んだし、温泉にも入ったし、一応押さえるべきところは押さえさせていただきました。結局ビートは試乗しなかったなあ。あんまり興味なかったです。例の三種の神器?は使わずじまい。キャンプ場では無理です。
川湯でお別れしてから湯の峰温泉などを見て回ってたら11:30ごろ雨が降り出したので急いでR311&R42&湯浅御坊道路&海南湯浅道路を乗り継ぎ、海南からR42で和歌山港をめざす途中、14:00ごろ以前拓さんに連れて行ってもらった「元車庫前○宮ラーメン」でラーメンチャーハンセットを食べて15:05和歌山港発のフェリーに滑り込みました。
それにしても寒かった。合羽を着た本宮町と中辺路町の境あたりではあられ混じりの冷たい雨に見舞われました。雨は中辺路をぬける頃にはやみましたが、その後の強風には肝を冷やされました。そういえばキャンプ場でどこかのテントが砂嵐と共に空高く舞い上がり山の方まで飛ばされてましたね。太地の方に向かわれた皆さんはご無事でしょうか?じゃあまたね〜 2002年11月04日 18時27分29秒

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