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12/27(土) 朝9:00〜10:30 徳島大学総合科学部で行われたGIS研修会に参加した後、 11:30 南海フェリー徳島港にてチーさんとマッハさんと合流 12:00 ラーメン1軒目「一福新浜店」にてBセットを食す 12:50 小松島の「京ていうどん」にて讃岐うどん釜揚げ小を食す 13:50 眉山山頂で雪が舞う 14:30 ラーメン2軒目「いのたに本店」にて中華そば小を食す 15:10 川内の「あいあい温泉」へ。玄関で中川さんから電話があり、徳島港へお迎えに 15:30 徳島港にて中川さんと合流 15:50 「あいあい温泉」入浴、露天風呂でまったり 17:15 徳島港にて明石さんと合流、これで5人が揃う 17:50 ラーメン3軒目「来来」にて中華そば小とめしを食す。以上で本日の食事は終わり(ラーメン3杯とチャーハン1皿とめし1杯とうどん1杯) 18:10 高松に向けて出発 19:00 ローソンにて缶コーヒー休憩 19:50 高松のビジネスホテル大丸インに到着、ビールと風呂で冷えた体を温める 21:00 スナックへ出発 22:20 ホテルに帰還、各自就寝? 12/28(日) 8:00 ロビーに集合、朝食のパン&コーヒー&ゆで卵+讃岐うどん(1杯目?) 8:50 ホテル玄関前になおさんが合流 9:00 6人揃って出発、給油、五色台の海岸線を周り、瀬戸内海や瀬戸大橋を眺める 10:10 讃岐うどん1軒目坂出の「てっちゃん」にて肉味噌温玉小を食す 11:10 五色台スカイラインにて休憩、昨日とはうって変わって暖かいツーリング日和、次のうどん屋に向かう途中マッハさんとなおさんがはぐれるハプニング 12:30 讃岐うどん2軒目屋島ふもとの「わら家」にて家族うどん(釜揚げうどん10玉たらい入り、2300円)を6人でつつく 13:20 讃岐うどん3軒目八栗山ふもとの「山田家」にて釜揚げぶっかけ玉子付きを食す。以上で本日の食事は終わり(うどん4杯とパンコーヒー等) 13:40 山田家を出たところで岡山へ帰られるなおさんとお別れ 14:30 鳴門西PAにて解散、静岡の中川さんと大阪の明石さんは明石海峡大橋&名神経由で、大阪のチーさんと和歌山のマッハさんは津名から淡路フェリーで帰られた 15:00 帰宅 走行:1日目160km+2日目170km=合計330km 2003年12月30日 01時24分37秒 |
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12/22(月) 昼からお休みもらって同僚のisochinuさんといっしょにチョイツーしてきました。 昼飯は御所のたらいうどん。 白鳥にぬけて、JRP本社を訪問。檜垣部長様、ありがとうございました。 北灘〜大麻の峠経由で午後4時に帰ってきました。 本日の走行、95km。 その後、職場の忘年会へ。 12/23(火祝) 朝8時過ぎにisochinuさんから電話があり、急遽讃岐うどんツーに行くことに。 R11から長尾街道経由で・・・、 1軒目は「山越」。奇跡的にならばずに食べられた。釜玉大250円也。やっぱ山越美味いっす! 2件目は「小縣家」。しょうゆうどん小420円也。おみやげに生うどん2.5人前5袋ゲット。 3軒目は「長田」。釜揚げ小250円也。3杯目ともなると美味いのかどうなのかわからなくなりますなあ。 帰りはR438の三頭越えで、午後2時過ぎに帰宅。 本日の走行197km。 二日間の走行292kmでガソリン12L消費、燃費は・・・24ちょいkm/L。サイドカーつけてからの最高か? 2003年12月23日 20時46分01秒 |
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12/20(土) 9:00ロゴにて自宅発 11:00〜11:30加古川にて用事 13:30〜14:00堺のBEETにて用事 15:00西宮のおっちゃん宅着 17:00おっちゃんとのぶちゃんとふんちゃんといっしょにおっちゃん宅発、電車で大阪へ 18:00南海部品前でこんど〜さんとDT1さんと合流、串どんで一杯、途中きもとさんが加わる。この時点で7名。 虎連坊前で拓さんご夫妻、明石さん、チーさん、くりねさん(新人王)、たっこちゃん(遠来ゲスト)、あついさんと次々に合流。この時点で14名。 19:00虎連坊にて忘年会開始。 のだまげさん、けんじさん、PAXさん、あさこちゃん、BONちゃん、たきがわさんと加わり、総勢20人に。 21:30一応お開き 22:00魚民にて二次会突入 23:50お開き 24:50おっちゃん宅に10人がなだれ込むように泊 12/21(日) 8:00起床、風呂、おっちゃん手作りの朝食をいただく。ほんとにいつもいつもどうもすみません。 10:00出発 11:20白いカレーマッハさんのお店着、マッハさんいらっしゃらず。 11:50ハンマーケンジ着、ターコさんにお会いする。 13:00ターコさんを乗せてカフェ・フラミンゴへ。桃さんとお会いする。しばらくしてマッハさんがおいでる。おいしい食事と楽しいお話ありがとう。 16:00ターコさんをお送りして帰路に着く。 20:30帰宅。 2日間の走行、約500km。次はサイドカーで行きたいな。 2003年12月23日 19時50分59秒 |
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12月6日夜、110000カウント突破しました。どなたがきり番ゲットされたかは不明です。9月6日の100000カウント突破より3ヶ月で1万カウント、来ていただいた皆様どうもありがとうございました。今後ともどうぞよろしく。
2003年12月07日 09時43分00秒 |
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昨年に引き続き、岡山のHirataさんのお世話により、第2回牡蠣ツーが牛窓のペンションTAMAKI−�祇い燃�催されました。 私は朝から娘の入試のため娘と妻を乗せて高松へ。10:00〜14:00妻と高松をぶらぶら。14:30娘と妻を高松駅に送って、フェリー乗船、16:00カワサキプラザ岡山経由で、17:45ペンション到着。 今回は、中国四国、近畿、東海より21名の参加(バイク8台、車9台)。18:30より牡蠣食い放題、ビール飲み放題で大いに盛り上がり、21:00二次会に突入。午前1時まで続きました。 翌日は、湯郷温泉に向けてツーリング。湯郷鷺温泉でゆっくりして、田能久で地鶏+蕎麦を食し、13:30解散。皆さんお世話になりました、おつかれさまでした。 私はその後高速代をケチって下道+フェリーで20:30帰宅。岡山市内の渋滞で1時間半ロスしました。 2日間の走行440km。 2003年12月07日 09時34分24秒 |
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三連休の最終日、剣山の周辺をただあてもなく走り回ってきました。雨が降りそうだったので車(ロゴ)で。 勝浦〜上勝〜木沢〜神山〜美郷〜山川〜穴吹〜木屋平〜剣山(みのこし)へ。紅葉は既に終わっていました。 その後一気に木屋平〜神山経由で小松島へ。道が整備されていたので1時間半ぐらいで到着。なんとか息子の卓球の試合に間に合いました。 帰りはどしゃ降り。京ていうどんに寄りましたが既に閉まっていました。 280kmほど走りました。 2003年12月07日 09時11分31秒 |
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晴天に恵まれ、走り足りない感はありましたが、 食い足りない感はなかったと思います。 ヨッシーさん、まつぼっくりさん、とても良い出会いができましたこと、 うれしく思っています。 おっちゃん、Hirataさん、なおさん、遠路ご参加、ありがとうございました。 大橋さん、森岡さん、亀島さん、ご参加ありがとうございました。 おかげで徳島MT盛り上がりました。 また時々突発的にツーリング企画したいと思いますので、 よろしくお願いいたします。 10:00 イエローハット国府店集合 (県道30号線、国道318号線、国道11号線経由) 11:00 うどん処「大浜」 http://www.shikoku-np.co.jp/udon/shop/shop.asp?id=250 (国道11号線経由) 12:00 「権平」うどん http://www.shikoku-np.co.jp/udon/shop/shop.asp?id=30 (国道11号線経由) 13:30 鳴門スカイライン 四方見展望台 コーヒーブレイク (国道11号線経由) 14:30 鳴門市大津町備前島ローソン 解散 その後、小松島の日赤に、岡山の久保さんのお見舞いに行ってきました。 一日も早い全快をお祈りしています。 本日の走行、140km。 2003年11月16日 17時17分45秒 |
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W650オーナーズクラブ関東甲信支部主催 「メグロ・W1〜W3・W650ジョイントミーティングin岩間」に 飛行機+電車で参加しました。 11/8(土) 6:45 自宅発 (妻のロゴ) 7:40 「徳島空港」発 (JAS230便) 9:00 「東京/羽田空港」着 (京急「青物横丁」、東急「大井町」) 10:10 東急大井町線「尾山台」〜彼バイロケ地?「武蔵工業大学」散策 (東急大井町線) 11:15 東急「二子玉川」〜彼バイロケ地「コヤマモーターサービス」散策 (東急田園都市線) 12:00 「渋谷」昼食 (京王井の頭線) 13:00 東急井の頭線「富士見ヶ丘」〜サイドカーの「ブリストルドックス」 支配人の池田澄生さんとしばし懇談 (京王井の頭線、「吉祥寺」、JR) 14:50 「上野」発 (JR常磐線) 16:38「岩間」着 (みゆちゃん&いくちゃんのラパン) 17:00「あたご天狗の森スカイロッジ」着 マッキーさん、きくひろさん、fukuさん、みどりさん、 みゆちゃん、いくちゃん、やまちゃん、杉さん、君島さん、 春日部さんの10人で大いに盛り上がる マッキーさん、お料理&ビール大変おいしゅうございました 25:00 就寝 11/9(日) 7:00 起床 8:00 朝食 9:00 会場設営 10:00 ミーティング開始 雨模様にもかかわらず、W650をはじめ,W1,W3,メグロまでご来場、 杉さん、Bravo関東甲信支部長はじめご参加の皆さん、 ありがとうございました 12:30 あたご天狗の森駐車場発 (みゆちゃん&いくちゃんのラパン、送迎ありがとうございました) 12:51 「岩間」発 (JR常磐線) 14:40 「上野」着 昼食 (JR「東京」「品川」京急) 16:10 「東京/羽田空港」着 17:15 「東京/羽田空港」発 (JAS237便) 18:40 「徳島空港」着 (妻のロゴ) 19:30 衆議院議員選挙の投票を済ませ自宅着 2003年11月10日 20時33分44秒 |
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■日本一幸せな雨ん中 [11月3日] 「雨の御堂筋」に「そして神戸」、まるで歌の世界だけど、午前中の御堂筋パレードに午後の神戸でのパレードはファンにとってもわれわれにとっても最高の思い出だ。どっちも雨でずぶぬれになったけれど徹夜で待った人、遠くから駆けつけた人、選手の家族や友だち、二ヶ所で合わせると65万人くらいの人出だったらしい。満員の甲子園の12、13倍が一挙に押し寄せてきた感じだ。関西での優勝パレードというと44年前の南海が日本一になった時の“涙の御堂筋”が有名なんだけれど、きょうの18年ぶりに優勝のタイガースのパレードは新しい、なによりもの思い出作りになったと思う。 知事や市長、関西財界の方々の協力で寄付も集まり、いろいろな協賛社の応援もあって実現できたビックイベントだけど、本当にうれしく、本当にありがたかった。沿道の前に並んだり座ったりするのは身障者の方や子供さん優先に、とお願いしてあったのだけれど、雨の中にもかかわらずあんなに喜んでもらえて本当によかった。小久保のジャイアンツ行きとかいろいろな動きもあるけれど、きょうのあの感激を忘れないで選手達も来年は今年以上に頑張ってくれるのではないかな。 夜は大阪のホテルで明大関係の激励会も開いてもらったり、わたしにとってきょうは最高の花道、野球人生のなかで忘れられない最高に幸せな1日になった。家でももちろん、誰かがビデオをとってくれているだろうし、テレビ局からもくれるだろう。きょう1日のことはじいさんになったら、きっと孫たちと一緒に見るよ。 2003年11月04日 18時29分42秒 |
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1日(土) 11:00 自宅発 17:00 伊勢の親戚宅着 2日(日) 9:00 親戚宅発 10:40 鳥羽港で拓さんと合流 16:30 川湯野営場着 【キャンプ開始】 18名参加、大いに盛り上がる 3日(月祝)10:30 解散 15:05 和歌山港発南海フェリー 17:30 自宅着 キャンプの夜から帰宅までずっと雨でしたが、楽しい川湯キャンプツーリングでした。 2003年11月03日 19時07分22秒 |
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■このページは“延長戦”や [10月29日] このページをどうするか。タイガースの監督を辞めたからにはもう「トラトラトラ」でもない。昨日の時点でもう終わりにしてよかったのだが、いろいろな意見もあって“延長戦”の格好をしばらくの間続けながら関係者集まって協議することになった。中日監督時代から5年も6年も続けてきたホームページだ。みんなの意見を聞く時間も大事にしていいように思っているんだよね。 とりあえずきょうは西宮の広田神社や市役所、芦屋や尼崎の市役所にオーナー、社長、桧山、今岡あたりと御礼の挨拶回りをしてきた。どこに行っても1000人、2000人くらいのファンが待ってくれて“余韻”のようなものを味わってきた。もちろん来週の優勝パレードや、来月の末にあるファン感謝デーといった球団の行事には出なければいかんだろう。昨日の記者会見で挨拶はしたといっても、きょうのように謝恩的な行事に出ていくのは礼儀だ。 昨日のわたしの正力賞に引き続いて、きょうは井川のMVP、井川を含めた矢野、ジョージ、今岡、赤星5人のベストナイン入り。この5人のベストナインはまたまた「球団史上初」っていう、これは記録らしいんだけれど彼らの笑顔を見たらやっぱりこれもまたうれしいニュースだし、もう少し余韻に浸っていてもいいかという気にさせられる。「決してあってはならないこと」が次々に出てくる最近の世の中だけれど、「いくらでも続いて出てきてほしい」のがタイガースの朗報だ。ファンの動員記録に続いて日本シリーズも負けたとはいえ、ものすごく盛りあがったことがいろいろな数字にでてきている。これも有難いことだ。 始まりは終りへの出発点。終わりは新しい始まりのスタートライン。そうした考え方のなかで、さてこのページの方はどうするか。結論は来週まで待っといてくださいや。このページを作り、守り、育ててくれてきた担当者と会ってから発表しますから。これも大事なことなんや。 *************************************** ということになりました。ほっ。 2003年10月30日 06時42分03秒 |
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■感謝、感謝、万感の思いでありがとう [10月28日] このページのみなさんに、きょうはなんて挨拶したらええんやろうか。ここ2、3週間分、溜まっていた各種のメールやメッセージをきょうは一気に読んだ。ほとんどがおれのファンだといえ、ユニホームを脱ぐことを発表した今、温かい気持ちのこもった多くの人達の書き込みが一段と心に沁みる。1年目だった去年。4位がやっとだった昨シーズン。いきなり飛び出した2年目の今年。あの優勝前後のやるせなかった時期。そしてやっと、ようやく果たせた18年ぶりの優勝の涙、涙の多くのメッセージ。日本シリーズでも喜ばせたり悲しませたりの連続で、約束は果たせなかったけれどいつも有難いメッセージを書いてくれていた。 このぺージは球界や世間でも有名で、マスコミ関係者のほとんども目を通してくれていると聞いている。ファンとのこういうつながりを持っていることは本当に幸せだと思っている。きょうも、なにかをいうとすればやはり「ありがとうございました」というよりほかにない。記者会見でいった通りもう心身が保たない。マジックが点いていた7月末あたりでこれは限界だと思っていた。試合途中、体調に異変を起こしてベンチ裏に引っ込まなければならない、そんな状態をさらしてしまった時にわたしの心身の奥でなにかがポキンと折れてしまった。来年もやってやれんことはないかもしれないが、プロの監督としてあのような、決してあってはならないあるまじき姿をもしこれからもさらすようなことがあれば選手、コーチ、そしてファンにも迷惑をかけることになる。タイガースに新しいとっかかりだけは作ることができた。 あとは岡田が引き継いで、上位で常に戦えるチームに固めていってくれると信じている。 未練がないといえばウソになるが、これからは背後から少しでもタイガースや球界のバックアップに腐心したいと思う。 長い野球生活で全力で走った最高の2年間だった。それもすべてファンのお陰だった。いい尽くせない思いでいっぱいだが、万感を込めて改めてもう1度「ありがとう」といわせてもらいたい。みなさんのお陰で大変幸せなタイガース監督の2年間だった。 *************************************** ところで、「星野仙一のトラトラトラ!」HPはこのあとどうなるのだろう? 2003年10月29日 17時58分19秒 |
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うんこ 谷川俊太郎(たにかわ・しゅんたろう) ごきぶりの うんこは ちいさい ぞうの うんこは おおきい うんこというものは いろいろな かたちをしている いしのような うんこ わらのような うんこ うんこというものは いろいろな いろをしている うんこというものは くさや きを そだてる うんこというものを たべるむしも いる どんなうつくしいひとの うんこも くさい どんなえらいひとも うんこを する うんこよ きょうも げんきに でてこい 理論社の少年詩集 詩の散歩道 どきん 谷川俊太郎(1983年)より 2003年10月28日 18時17分17秒 |
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さらば星野仙一 夢ありがとう 終わりじゃない。猛虎の指揮官となって679日目。最後の最後まで追い続けて、でも、手中にできなかった「夢」の成就は先に取っておこう。阪神タイガースの18年ぶり日本一はならなかった。この試合を限りにユニホームを脱ぐ星野仙一、56歳―。さらば。そして、ありがとう! 最後の気力だった。こぼれ落ちそうになる涙を、見せたくはなかった。悔しさをグッと押し殺す。笑みを浮かべて、拍手を送った。 ダイエーの日本一表彰式。星野監督は三塁側ベンチ前で見届けた。指揮官として味わう3度目の屈辱。いや、この2年間でシリーズ7戦目まで戦える集団へと育ってくれた。今は選手に「ありがとう」と言いたい。 子供のころにあこがれた虎のユニホーム。監督生活、野球人生のすべてをかけて袖を通した。メラメラと燃え盛る闘志を全身に感じた。体がどこまで持ちこたえられるか分からない。時間はない。それでもかけた。 疲れきった体を癒やしてくれたのは孫たちの笑顔。甲子園の監督室と自宅に飾られた写真の愛らしい表情。心に一瞬の“安らぎ”を感じ、再び戦場へと向かう。 もう限界だった。勝負の神様が許した時間は、たった2年間。悩み、苦しんだ。まだまだユニホームを着ていたい。グラウンドに立ちたい。もう、その気力に付き合える体ではなくなった。 「優勝して辞めるのは、格好いいと言う人もいるかもしれん。でもオレは無責任やと思うんや。次の時代への土台を築いてやらんとな」 3年目の続投を、1度は心に決めたはず。阪神を18年ぶりリーグVへと導いても、頭の中ではオフの補強が渦を巻く。 「オレの体の中はどこを切っても黄色と黒のタテジマや。タイガースを強くしたい。本当に強くしたいんや」 試合が始まれば血圧は急上昇し、胃が痛む。目まいを感じ、寝付けなかった夜は数え切れない。 姉や娘たち、家族の心配する声に精いっぱいのほほ笑みを返し、タクトを振るい続けてきた。チーム再建と自身の体との闘い。双方をつなぐ焦点が合わなくなったとき、闘将の心は「勇退」へと動き始めた。 シリーズ開幕前、ポツリともらした。 「何か…感じるんや。今回は勝てそうな気がするんや」 長年、苦楽をともにしてきた参謀・島野ヘッドもまた、同じ気持ちでいた。 「天から声が聞こえたんや。“勝てますよ”ってな」 声の主は97年1月に他界した星野監督の夫人・扶沙子さん。生前もそうだった。「死ぬ前にパパの胴上げが見たいんです」。本人には言わず娘と参謀にだけ、そっとささやいた。だから今回も、闘将にはその声が聞こえない。聞こえなくても心で感じる。 99年、日本シリーズで敗れ去った後、墓前で妻に報告した。 「負けてもうた…」 今年も日本一にはたどり着けなかった。それでも妻はまた、笑みを浮かべて聞いてくれる。女房がいなくなっても、闘争心むき出しに、勝負に没頭する姿。そんな夫が好きだから…。 「誇りに思う」と胸を張るタテジマを着た2年間。闘将、いや名将・星野仙一の猛虎再建第1幕は終演を迎えた。来年からは立場を変え、岡田阪神を陰から支える。 悲願の日本一へ。もう全力では走れない。ならば歩こう。まだ見ぬ夢がある限り、その歩みが止まることはない。(デイリースポーツ阪神担当キャップ・岩田卓士) 2003年10月28日 18時01分55秒 |
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■みなさんに、今はただ「ありがとう」 [10月27日] 王さんの胴上げ、ペナントとトロフィーの授与式、胸にこみあげるものはむろんある。表彰式に桧山や金本も呼ばれて出ていったけれど、彼らのうちひしがれた堅い表情を見るのもつらいといえばつらいんだ。だけど今はもう、このシリーズに関していくら振り返っても仕方がない。今の姿勢でやっていけば近い将来、必ず日本シリーズにも勝ち抜いていくチームになっていく。この2年間でそういう道すじはつけたつもりだ。 ダイエーが勝った日にわたしの進退に触れた話をするということは好ましくないと思う。時と場所を選んで、近いうちにいろいろな話はしたいと思っているが、きょうはファンの人にはもちろんコーチ、選手、裏方さん、球団フロント、球場関係のみなさん方にひとこと「ありがとう」とだけいいたい。マスコミの人達にも「今までありがとう」とだけいった。147試合の全日程が終った時点での、今のわたしのそれが精いっぱいの気持ちだ。 ダメ虎とか負け犬とかいわれてきたチームが優勝して日本シリーズにも出て、連敗したあと盛り返して3連勝もして、王手をかけることもできた。惜しいところで日本シリーズに破れたといっても、今年1年、世間の多くの人達の心を揺さぶる戦いはできたんじゃあないか。この事実だけは揺るがないと思っている。きょうはファンの情けで選手の心情を汲んで、4敗したことをどうか責めないでもらいたい。わたし自身にとっても、人生で最大限の全力をふりしぼったこの2年間だった。今はただタイガースの監督をやって本当によかったと思っている。 あしたからゆっくり眠れる。あしたからはしばし自由人の気持ちを味わいたい。HPのみなさん、今年も今日まで本当にありがとう。 「星野仙一のトラトラトラ!」(10月28日)より 2003年10月28日 17時52分02秒 |
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いい「夢」を見させてもらいました。ありがとう、阪神タイガース。ありがとう、星野仙一監督。
2003年10月27日 21時10分48秒 |
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今日は近所の友達4人で高松まで行って来ました。 9時過ぎ、大橋さん宅出発 11時、清水小学校 「どんなうつくしいひとの うんこも くさい 谷川しゅんたろう」 12時、南海部品高松店 ブレーキ&パーツクリーナーを購入 昨年度会員だった愛媛の方と偶然お会いしました 13時、ラーメン「喜楽」 喜楽ラーメン大&明太子ご飯を食す 14時、パーツランドイワサキ 16時、讃岐うどん「てんぐ」 ぶっかけ温玉うどん2玉&げそ天を食す 18時半、帰宅 本日の走行170km エンジンから異音(2000〜2500回転でシリンダーヘッドあたりからガラガンガンガン・・という甲高い音)が出ています。 明日バイク屋に持っていってみてもらおうと思います。 2003年10月26日 21時21分39秒 |
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【日本シリーズ、阪神3−2ダイエー、第5戦、阪神3勝2敗、24日、甲子園】最後まで熱かった、そして酔わせた! 日本シリーズ後の勇退が決まっている阪神・星野仙一監督(56)が、甲子園ラストさい配をお家芸の逆転劇で飾った。2連敗後の3連勝でついに王手。優勝確率100%のデータに見守られ、再び博多に移る花道で闘将の悲願がついにかなう−。 別離が訪れた。虎党の絶叫の中、星野監督がお立ち台に上がった。カクテル光線が潤んだ目を照らす。鮮やかなフィナーレ。そのとき、時間が止まったようだった。 「もう甲子園に帰ってくることはないと思いますが、必ず、向こうで胴上げをして大阪に帰ってきます」 永遠の別れと日本一の誓いに聖地が揺れた。深々と頭を下げる。2連敗の後の本拠地3連勝。この地鳴りのような声援がなければ、王手がかかることはなかった。両手を交互に挙げて声援に応えた。虎の将として、この大歓声を聞くことはもうない。この眺めも、これが最後。さらば、甲子園−。心の中で手を合わせていた。 タフな試合。この緊張感が好きだった。一回、金本の4号ソロで先制したが、直後の二回に下柳がバルデスに逆転2ランを浴びた。一進一退の攻防。この息詰まる投手戦を今岡がこじ開けた。六回二死無走者。カウント2−0から中前に弾き返す。赤星も内野安打で続き、金本は四球で歩く。この満塁の場面で桧山が打席に入った。 「1球1球の重みが違う。前がつないでくれたのは、自分でもわかっていたからね」 シリーズ5戦目で初めて連打で作ったチャンスだった。自分は本当に必要とされているのか。そんな感情のもつれによる昨オフのFA宣言。優勝を前にした故障離脱では疎外感も味わった。だからこそ…。 鷹の20勝エース・斉藤の内角146キロを左中間にはじき返した。2者生還。逆転だ。7月2日の中日戦(甲子園)でサイクルヒットをマークした際、記念の腕時計を贈ってくれた闘将に、まさに甲子園では最後となる恩返しの一打だった。 勇退を決めてから1週間以上がすぎた。福岡ドームでまさかの2連敗。「辞める監督に選手がついていくはずがない」といった雑音が耳につき刺さった。 「これで動揺するような選手はおらん。だから決意したんや」。反発するように肩で風を切って甲子園に戻ってきた。それでも、ファンの反応は「ありがとう」…。神様の声で救われた。決断までのプロセスを理解してくれる大観衆がいた。力が抜けた。逆襲が始まった。 「流れ? 変わったんやろうな。サヨナラ、サヨナラときて1点差やからな。ここまで来たら思い切ってやるだけや。ファンに頭を下げた? 今年のお礼や」。3夜連続の1点差勝利。3度目の日本シリーズで王手をかけたのは初めてだ。まだ味わったことのない頂点が目の前にある。(サンケイスポーツ) [10月25日10時42分更新] 2003年10月25日 20時03分14秒 |
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プロ野球・阪神タイガースの星野仙一監督(56)が、健康面の不安を理由に、日本シリーズ終了後に勇退することが16日わかった。複数の球団幹部が明らかにした。後任には、岡田彰布守備走塁コーチ(45)の就任が確実視されている。星野監督は今後、球団フロント入りする可能性が高い。 (アサヒ・コム10/17朝 より抜粋)
2003年10月17日 06時59分41秒 |
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Myホームページ表紙に「ニュースリンク配信システム ライントピックス・マイトピックス」を設置しました。COME ON! HIGH VOLTAGE RIDER’S!(コンさん)ホームページからのパクリです。
2003年10月16日 18時36分02秒 |
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おもしろそうなので、「W650 Web Ring」に入ってみました。っていうか〜、入れていただきました。yasuさん、KAZUさん、ありがとうございました。
2003年10月14日 23時00分44秒 |
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10月12日(日) 5:10 自宅発 7:20 西名阪道香芝SAにて朝食豚汁定食550円 9:45 名阪国道・東名阪道・伊勢湾岸道経由岡崎市のあついさん宅着、フェンダーをプレゼント 10:00 岡崎城公園前の集合地点着 11:05 バイクをおいて萬珍軒へ 11:20 萬珍軒着、12人でランチ、中華弁当1200円&わんこラーメン300円を食す 12:30 岡崎城公園前発 13:30 三河湖着 14:00 三河湖発 14:30 作手村「カントリーハウス ル・シュール」着、しばし語らう 16:00 卓球大会 17:00 各地から続々と到着 19:00 夕食フランス料理? 21:00 コテージにもどり自己紹介タイム 21:30 DVD「彼バイ」試聴会 23:00 私は就寝・・・今夜のお泊まり25名、夜中大雨 10月13日(月祝) 7:00 起床 8:00 朝食 8:40 会計、解散、風雨ますます激しく、コテージでまったり 11:30 チェックアウト、雨中、おっちゃん、のぶちゃん、GANちゃんと共に出発、岡崎を目指す 途中すみやんと合流、雨あがる 12:40 昼食ラーメン定食600円 13:00 おっちゃん、のぶちゃんと共に岡崎ICから東名・名神経由、帰路に着く 18:30 ちょっと寄り道 20:00 帰宅 一泊二日、走行850km 2003年10月13日 22時41分35秒 |
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近所の友達の島田さん(CB400SF)といっしょに、阿南&伊座利ツーリングの帰り、西宮のおっちゃんの甥っ子さんがなさっている小松島の「うどん屋 京叮」に行ってきました。 島田さんは釜揚げ小、私は釜玉大を食しました。レジ前で旦那さんと奥さん?とお母さんにご挨拶させていただきました。 MyHPの「やまちゃん」一番下にうどん二品アップさせていただきました。 明日は運動会。お天気はたぶん大丈夫でしょう。 12・13日の作手お泊まり会ですが、11日から出発して伊勢の親戚宅に泊まっていこうと思っています。お天気次第ですが。 2003年10月04日 22時25分09秒 |